お手軽文学散歩　第３話「ドストエフスキー「罪と罰」について（３）」

第３話　ドストエフスキー「罪と罰」について（３）

犯行翌日、彼は警察に呼び出されます。
下宿の女主人が借金返済しない彼を訴えたからです。
彼はここで卒倒しますが、病気と思われたために帰されます。

その後盗品をある空き家の前の塀の石の下に隠したりして街を彷徨い歩きます。
もう譫妄（せんもう）状態です。

盗品、八品です。
耳輪らしいものが入っている二つの小箱や鎖や勲章など小物ばかり。
彼は中味を見もしません。（不思議ですね。自分の家族を救い、将来の飛躍の足場にするために大金を盗むはずではなかったのか。作者もこのことにあまりふれようとしません。）

彼は、「自分は（ナポレオンのような）強者になりきれるのか。それとも老婆と同じしらみにすぎないのか。」と終始自問自答します。
彼はその後４日間無意識のなかで眠り続けます。
勿論うなされます。
老婆の夢も見ます。
血のついた洋服の端を切り裂き壁の穴に突っ込んで、ドアを開け放ったままです。
靴下にも血が少しついています。
でも彼の衣服はぼろぼろ、穴だらけで泥まみれで血だか汚れだか見分けられないほどです。
うなされながら「靴下、靴下」と叫び、入ってきた下宿の女中が靴下を渡すとギュッと抱きしめ続けたりしています。

彼の友達（ラズミーヒン）が医者を連れてきます。
母親からの送金３５ルーブルも届いています。
友達と医者はいろいろな話をしますが老婆殺しの噂もします。
混沌とした意識状態だったり平然と会話に応じたりしつつ、その話のときだけ奇妙な反応をします。
その後目覚めた彼は友達の親戚の検事（ポリフイーリー）と個人宅に預けた質草の引き出しを依頼しに出かけたりします。（放置すると怪しまれるからです。）
その時友達をからかって大笑いしながら検事との会見にのぞむなど、完全犯罪にむけての彼の全身全霊を傾けての知的闘いが始まります。
対決の迫力を味わうには本文を読むしかありません。

最後に彼は自首してシベリア徒刑８年の刑に服しますが、彼は自分が罪を犯したと実感することができません。
彼は「自分は有罪だ。」とは認めることができません。
「俺はあの女を殺したのではない。俺自身を殺したのだ。」と強者になれなかったことを悔やむばかりです。
彼は老婆のことは考えますが、妹リザヴェータに思いをはせることはありません。
彼は冷酷無残な人非人でしょうか。
人間的感情を失った極悪人でしょうか。

小説の最後の判決文の中で、在学中になけなしの金をはたいて貧しい肺病の学友を助け、その父親の葬儀までしてやったという事実が語られます。また下宿の娘と恋をしています。彼女は死んでしまいましたが。そして母親と妹思いの誠実な青年です。
「もし俺がひとりぼっちで、誰ひとり愛してくれるものもなく、また自身も決してひとを愛さないとしたら、その時はこんなことなど一切おこらなかったであろうに」と彼は後でいっています。

罪とは何か。
この小説の題名の罪は「ｃｒｉｍｅ」ロシア語では「プレストｳプレーニエ」。
この言葉の原義は「踏み越えること」です。
何を踏み越えたのでしょうか。

そして罰とは何か。
「何故殺人は悪か」を論理的に証明することは不可能といわれています。
「汝、殺すなかれ」という戒律にも敵、異教徒、人間以外の生物の例外を認めているといわれています。
またルカ福音書２２章には「剣のないものは自分の上着を売って、それを買うがよい」というキリストの不思議な言葉があります。（キリスト教に詳しい方ぜひ意味を教えてください。）

彼は街を彷徨いながらふらりと入った酒場で酔漢マルメラードフに会い、娘ソーニャを知ることになります。
ソーニャとの出会いを通して、彼は「罪」を発見するでしょうか。
彼は善を選ぶことができたでしょうか。

次回はこの問題を考えてみます。