お手軽文学散歩　第２０話「ドストエフスキー「罪と罰」について（２０）」

第２０話　ドストエフスキー「罪と罰」について（２０）

カテリーナ（ソーニャの義母）は、子供達を連れて、アファナーシッチ閣下（故マルメラードフの上司）のところに助けを求めていきますが、会ってくれません。彼女は受付の部屋の机の上にあったインク壷を投げつけて逃げ帰り、子供達に路上で歌を歌わせ、踊りを踊らせて物乞いをさせます。ソーニャとラスコーリニコフが駆けつけたときは、カテリーナは路上に大量の血を吐き出して倒れていました。彼女をソーニャの部屋に運び込みます。
カテリーナは不思議な言葉を吐きます。
「閣下！みなしごたちを守ってやって下さい。亡くなったマルメラードフをご存知じゃありませんか。」そしてソーニャに気付きます。「ソーニャ、ありがとうよ、さようなら、かわいそうなソーニャ！」
彼女は深い深い息を吐き出してそのまま息絶えました。

そこにスヴィドーリガイロフが突然現れました。彼は、ラスコーリニコフに言います。
「葬式一切は私が引き受けましょう。それから子供達はこぎれいな孤児院を見つけて入れてやりましょう。成人に達するまでひとり千五百ルーブルずつ付けてやります。ソーニャも泥沼から救ってやります。妹さんにあげようとして断られた一万ルーブルをこう使ったと妹さんに伝えて下さい。」
そしてにやりとしてこう言います。「『ルージンを生き残させて悪事を重ねさせて、一家を死なせるにまかせますか？』どうです、私が助けなかったら、『ポーレチカも同じ道をたどることになる』はずですよ。（ラスコーリニコフの告白を隣の部屋で盗み聞きしていたことをほのめかしたのです。）

カテリーナの葬儀が終わった後、ラスコーリニコフはこの言葉を思い出すと憎悪がこみ上げてきます。『スヴィドーリガイロフかポルフィーリーを殺してやりたい。また闘いだ。』
ラスコーリニコフにとって、妹を陥れようとするスヴィドーリガイロフは不倶戴天の敵なのです。

ポルフィーリーがラスコーリニコフの部屋を訪ねてきます。部屋の家宅捜査をしたこと、ラスコーリニコフが殺人の現場を訪れたこと、「お前が殺した」と囁かれながらおびえてひとことも反論しなかったこと、《水晶宮》で警官ザミョートフに語った石のこと、自白したミコルカは犯人でないこと、ポルフィーリーは手の内すべてを語ります。しかし、彼には証拠がないのです。
「これはミコルカではありませんよ！病的な頭脳が生み出した暗い事件です。現代の事件です。この事件には書物の上の空想があります。理論に刺激された苛立つ心があります。そこには第一歩を踏み出す決意があります。――――－山から転落するか、鐘楼から飛び降りるようなつもりで決意したが、犯罪に赴くときは足が地についていなかったようです。二人も殺した。……理論に従って。　殺したが、金をとる勇気がなかった。しかもやっと盗んだものは石の下に埋めた。………..殺人を犯していながら自分を潔白な人間だと考えて、人々を軽蔑し、蒼白い天使面をして歩き回っている、……いやいや、とてもミコライなんかのできることじゃありませんよ。これはミコライじゃない！」
「じゃ、……誰が……殺したんです？」
「そりゃ、あなたが殺したんですよ、ロジオン・ロマーヌイチ、あなたが殺したんですよ。」
ポルフィーリーは、減刑の恩典があるからと言って、自首をすすめます。
「あなたは望みのない卑怯者ではない。信仰か神を見出せれば、例え腸（はらわた）を抉り取られようと、毅然と立ち、笑って迫害者どもを見ていられるような人間です。だから見出すことです。そして生きていきなさい。あなたはもうとっくに空気を変える必要があったのです。………..あなたは老婆を殺しただけだから、まだよかった。もし別の理論を考え出していたら、まだ千倍も醜悪なことをしでかしていたかもしれません！それだけでも神に感謝しなければいけませんよ。………..今のあなたには空気が必要なのです。空気ですよ！」
「いったいあなたは何者です？」
「私はもう終わってしまった人間、それだけですよ。でもあんたは別ですよ。問題はあなた自身の中にあるのです。太陽になりなさい。そしたら皆があなたを仰ぎ見るでしょう。」（ポルフィーリーは三十五才。司法改革でできた新しい新進気鋭の予審判事。しかし世俗的なヒューマニストです。ラスコーリニコフを何か形而上学的な特別な人間として感じているのです。）

そして最後にこう言います。
「もし万一ですよ。この四十時間か五十時間の間に、ひょっと別の結末をつけよう、つまり自分で自分に手を下そうなんて考えたときは、ほんの二三行でいいから、手記を残していただきたい。そして石のありかもお忘れなく。」

＊＊＊＊
「この手紙はお返しします。私はあなたが兄が何か犯罪にかかわっていると、どんなにほのめかしても信じませんから。」
スヴィドーリガイロフは、ラスコーリニコフの妹ドーニャに手紙を送り、自分の部屋に呼びます。彼は、昔の愛人レスリッヒ夫人（彼女の姪を彼が陵辱して自殺に追い込んだと噂がある「第１７話」）の住居の二部屋を間借りしているのです。彼の部屋の隣の空き部屋がソーニャの部屋にドアひとつでつながっているのです。そこに椅子を持ち出して、ラスコーリニコフとソーニャの話をじっくりと立ち聞きしたと語ります。
彼はドーニャに言います。
「私が外国に連れて行きます。私には金と手ずるがあります。人殺しをしたといっても、これから沢山良いことをすれば、罪は償えますよ。………..それはあなたの覚悟次第です。あなたさえその気になれば。…..私はすぐに彼を発たせます。私には友人があります。あなたのパスポートも、貰いましょう。あなたのお母さんのも。ラズミーヒンなんてあなたに何になります？私はあなたをこんなに愛しているのです。限りなく愛しているんです。どうか服の裾に接吻させてください。お願いです！あなたの衣擦れの音を聞くとたまらないのです。私は何でもします。あなたの信じるものを私も信じます。そんな目で見ないで下さい。おわかりですか？あなたは私の命を刻んでいるのです。」
「開けてください。開けてくださいったら！誰もいませんの？」ドーニャはドアを両手で叩きながら、大声で叫びます。
「あ？　じゃ　あなたは力ずくで私を！」
「あなたのお兄さんとお母さんの運命はあなたの手の中にあるのですよ。私はあなたの奴隷になりましょう、……死ぬまで…………」
不意に彼女はポケットから拳銃を取り出します。
「あなたの拳銃じゃないわ、あなたに殺された奥さんのものです。一歩でも動いてごらんなさい、本当に殺します。」
「ところで兄さんはどうします？好奇心から聞きますが。」
「密告したきゃするがいい！射ちますわよ。あんたは奥さんを毒殺した、私は知ってる、あなたこそ人殺しだ！あんただわ！自分でほのめかしたじゃないの、毒薬を買いに出かけたことも、私知ってるのよ。すっかり用意ができていた…………」
「仮にそれが真実だったとしても、それは君のためじゃないか。君が原因なのだ。」
「嘘よ！あなたなんか憎んでいたわ、いつも、いつも」
「へえ、ドーニャ、どうやら忘れたらしいですね。説教に熱がこもりすぎて、うっとりと、妙な気持になったことを、………ほら、覚えていますか？あの宵、月が出て、それに鶯が鳴いていましたっけ。」
「嘘よ！（狂おしい憤怒でドーニャの目が光っている。）嘘よ！」
「嘘？　嘘にしておきましょう。女にこういうことを言っちゃいかんのだ。君は小さな可愛い野獣だよ。射ちたまえ。」
《　彼はこれほど美しい彼女を見たことがなかった。彼女が拳銃を上げた瞬間、彼女の目にきらっと燃えた火に、彼は焼かれたような気がして、胸がきゅっと痛くなった。彼は一歩出た、とたんに拳銃が火を噴いた。弾丸は彼の髪をかすめて、うしろの壁にあたった。彼は立ち止まって、静かににやりと笑った。
「どうしました？射ち損じですよ！もう一度射ちなさい、待ってますよ」
「私を止めて！きっと射ちます。………殺してしまう！……」
ドーニャは引き金を引いた。不発だった。
「装填がよくなかったのですね。やり直しなさい。待ってあげますよ。」
スヴィドーリガイロフは、ドーニャの二歩ほど前に立って、熱っぽい情欲に光る重苦しい目でじっと彼女を見つめていた。ドーニャは、彼が彼女を手放すくらいなら、むしろ死のうとしていると悟った。『でも、もう今度こそ殺せるだろう。わずか二歩だ。』
不意に彼女は拳銃を投げ出した。
「捨てた！」
スヴィドーリガイロフは、深い息を吐いた。何かが彼の心からとれてしまったような具合だった。それは、おそらく、死の恐怖の重苦しさだけではなかったろう。それは、彼が自分でも完全には定義できないような、もっともっとみじめな暗い感情からの解放だった。
彼はドーニャのそばへ寄って、静かに片手を彼女の胴へ回した。彼女はさからわなかったが、身体中を木の葉のようにわなわなと震わせて、祈るような目で彼を見ていた。
「私を帰して！」
スヴィドーリガイロフはぎくっとした。
「じゃ、　愛してくれないんだね？」
ドーニャは否定するように頭を振った。
「そして……これからも？……どうしても？」
「どうしても！」
一瞬の沈黙が過ぎた。
「これが鍵です。」　》

ドーニャが去った後、スヴィドーリガイロフは拳銃を拾い上げて点検します。中にはまだ弾が二発と雷管が一つ残っていました。『一度は射てるわけだ。』こうつぶやいて、ポケットに入れると、帽子を掴んで部屋を出ます。

彼は、夜十時頃まで居酒屋や魔窟を飲み歩きます。蒸し蒸しした暗い夜、雷が鳴り滝のような雨が地面を殴りつけています。
彼は、部屋に戻り、ありたけの金をポケットに押し込んで、まずソーニャの部屋に向かいます。そして三千ルーブルを手渡します。拒否する彼女にこう言います。
「彼には二つの道しかないのですよ。額に弾を打ち込むか、シベリヤ行きか。私はすっかり知ってるのです。彼自身の口から聞きました。彼があちらへ行ったら、あなたは後を追うでしょうね。早速金が入用になるわけですよ。彼の為に必要になるのです。わかりますか？」
立ち上がって、外に出ようとするスヴィドーリガイロフに、ソーニャが、「どうしてあなたは、こんな雨の中をお出かけになりますの？」と聞くと、こう言います。
「なあに、アメリカまで行こうというのですよ。雨なんか恐れていられません。」

同じ夜十一時、彼は、レスリッヒ夫人に勧められた許婚，十六才の娘の小さな家に行きます。父親は酔っ払って衰弱しきっていました。　母親は結婚式はいつするかとおどおどしながら尋ねます。彼は、ある重大な用件のためにしばらくペテルブルグを離れなければならないと言い、あの狡賢いレスリッヒ夫人には絶対内緒にせよと忠告しながら、贈り物として一万五千ルーブルを差し出します。許婚に二度接吻した後、一同を異常な興奮の中に残して立ち去ります。

午前零時、彼はがくがく震えながら、小ネヴァ河のＮ橋を渡っていました。雨はやんだが、風は騒いでいます。寂しい郊外です。彼は、木造の宿屋を見つけ、狭苦しい角部屋に案内されます。隣室のひそひそ話が聞こえます。《部屋の中は息苦しかった。ろうそくがぼんやり燃えていた。どこか隅の方で鼠ががりがり齧る音がしていた。暗い嵐の夜更け、木のざわめきを聞くとぞっとする。実にいやな感じだ。『俺は生まれてから一度も水というものを好いたことがなかった。風景画の水でさえ嫌いだ。……..そうだよ。マルファー（彼の妻）、今こそお出ましにもってこいじゃないか、暗いし、場所はうってつけだし、頃合はよし。………あのラスコーリニコフって奴も悪党だ！あんなに重荷を背負って。……乳臭さがとれたら、今に大した悪党になるかもしれん！だが、今は生きることに執着しすぎている！………』
彼はどうしても眠れなかった。ドーニャの姿が浮かんできた。『彼女なら俺をたたき直すことができたのかもしれないのに！』拳銃をだらりと下げて、死んだようになって目をみはっていた。捕まえるチャンスはあった。あの瞬間彼女が可哀そうになって、胸がしめつけられた。『ええ！くそ、もう忘れるんだ、捨てるんだ！』》
彼を幻覚が次々襲います。寒さか、闇か、木々をゆすっている風か、彼の前に絶えず現れる花。明るい暖かい日、村の華麗な別荘、窓もテラスも玄関も一面の花。しかし広間の中央に白い絹布のかけられた棺があった。その中に花に埋まるようにして少女が、白い薄絹の衣装を着て、横たわっていた。スヴィドーリガイロフはこの少女を知っていた。川に身を投げて自殺した十四才の少女。心は傷つき、おびえ、屈辱におののき、天使のような清らかな魂に覚えのない恥ずかしい罪を着せられ、誰にも聞かれぬ激しい呪いの絶望の最後の叫びを、雪解けの寒い闇の夜に投げつけながら、自分の身を滅ぼした少女だ。
スヴィドーリガイロフは、はっと目が覚めて、ベッドから起き上がって、窓を開けます。風が怒り狂ったように狭い部屋に吹き込みます。夜更けの闇に砲声が響きます。洪水を知らせる警報でした。
朝の三時でした。彼は上着と外套を着て帽子を被り、ろうそくを持って廊下に出ます。
『すぐここを出て、大きな茂みを見つけるんだ。雨をいっぱい含んだ無数のしずくが頭に落ちてくるような……..うってつけの時刻だ、これ以上の時刻は選ぼうたって無理だ。』
彼は、勘定を済まそうとしますが、誰もいません。大声で怒鳴ろうとした途端に、暗い廊下の隅の古い戸棚のそばに、濡れた襤褸服を着て、ぶるぶる震えながら泣いている五つぐらいの少女を見つけます。彼が尋ねると、母ちゃんがどうしたとか、こわれた茶碗がどうとか言います。どうやら母親はこの宿屋の女中、酒びたりで、しょっちゅう折檻ばかりしているらしい。今夜も母親の茶碗を割ったので、折檻が恐くて家を逃げ出し、ここに隠れていたらしい。彼は、少女を自分の部屋に連れて行き、着物を脱がせ、毛布で包んで、眠らせます。彼は、こんなことにまだかかわる自分を馬鹿馬鹿しく思いながらも、彼女の様子を見守っています。
《少女は気持ちよく眠っていた。毛布に暖められて、もう赤味が蒼白い顔にさしていた。だが奇妙なことに、その赤味が普通の子供の赤味にしては、色が鮮やかで濃すぎるような気がした。真っ赤な唇は燃えて、あえいでいるようだ。不意に、少女の長い黒い睫がひくひくっと震えて、少し持ち上がり、その下からずるそうな、きらっと光る、何か子供らしくない目がのぞいて、パチッとウインクしたような気がした。少女は眠ってはいないで、眠っていたふりをしていたらしい。唇に微笑らしいものがみなぎり始めた。唇の端がひくひく震えている。これはもう笑いだった。明らかな笑いだった。それは淫蕩だ。娼婦の顔だ。フランスの淫売婦の厚かましい顔だった。もう少しも隠そうとしないで、二つの目がぱっちり開いた。そしてその目は恥じらいを知らぬ燃えるようなまなざしで彼を見回し、彼を誘い、彼に笑いかけている。…….その笑いには、その目には、少女の顔にあるそのいやらしさには、何かしら限りなく醜い、痛ましいものがあった。『何ということだ！わずか五つくらいの少女が！』
スヴィドーリガイロフは腹の底からぞっとして、呟いた。『これは、……これは一体どうしたことだ？』だが、少女はもうその小さな顔をすっかり彼の方へ向けて、両手を差し伸べているではないか………『あ、この汚らわしい奴め！』と、手を少女の上に振り上げながら、スヴィドーリガイロフはぎょっとして叫んだ。……そのとたんに、目が覚めた。》

彼は、ポケットから手帳を取り出し、二三行何か書き付ける（注）と、拳銃を持って外へ出ます。ミルクのような濃い霧が垂れ込めています。一夜のうちに河の水は高く盛り上がっていました。
『あれだ。うん、あそこがいい。何も大きな茂みの所まで行くまでもない！』
望楼のある大きな家が見えます。閉め切った門の前に、灰色の兵隊外套を来た門番が立っていました。その顔には、ユダヤ人らしい永遠に消えることのないねじけた悲しみが秘められていました。門番は聞きます。「ここに何の用があるんですか？」
「いや、別に、………私はね、外国に行くんだよ。」
「外国へ？」
「アメリカだよ」
「アメリカ？」
スヴィドーリガイロフは拳銃を取り出して、自分の右のこめかみに当てます。
「あ、ここじゃいかん、ここはそんなことをする場所じゃない！」
スヴィドーリガイロフは引金を引きます。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（注）　手帳には、「完全な正気で死ぬので、死因を疑わないで欲しい」と書かれていた。

スヴィドーリガイロフの善行と自殺は、謎として論議の的になっています。
ドーニャに贈ろうとして断られた金１万ルーブルをソーニャの異母妹弟の養育費に、三千ルーブルをソーニャに提供することは、ドーニャとの決定的決別（拳銃発射事件）以前にすでに彼が決めていたことです。そうすることによって、ドーニャに対し、彼が噂のような悪人ではないと証明しようとしていたのです。
「妹さんにあげようとして断られた一万ルーブルをこう使ったと妹さんに伝えて下さい。」「彼女なら俺をたたき直すことができたかもしれないのに！」
スヴィドーリガイロフのこのふたつの言葉には、ドーニャによって救済されたい、ドーニャの愛を獲得したいという誠実な心情が見られます。
「アメリカまで行こうというのですよ。雨なんか恐れていられません。」とソーニャに言い残して向かった小さな家で、十六才の許婚に、マルファーの遺産の残金のすべて一万五千ルーブルを渡したことにどんな意味があるのでしょうか？　ドーニャの愛を永遠に失って死を決意した彼にとっては、もはや不要な金です。しかし結婚する気もない女性への贈与は、全く無意味というしかありません。この許婚もレスリッヒ夫人と何らかの関係のある娘です。レスリッヒに虐待され、スヴィドーリガイロフが陵辱したため自殺したと噂された十四才の少女への償いという思いがあったのかもしれません。しかし、彼がいくら貧しい人々へ慈善の寄付行為をしたとしても、それを受け取った人々が本当に救済されるわけではありません。人生を続けていかなくてはならないからです。人生（生）には、「死せる生」もあれば「生ける生」もあります。彼の善行が彼らに「生ける生」をもたらしたか、作者はその結末を書いていません。書かれたのは、金を提供したスヴィドーリガイロフの自殺だけです。つまり、金を出した者の善行は決して、彼自身を救済しなかったという事実だけです。
「スヴィドーリガイロフのアメリカ」　アメリカは当時のロシアにとっては理想の国でした。神を否定するスヴィドーリガイロフは、「天国に行く」とは言えなかったのです。
「雨、雷、風、洪水、鼠」これらの自然描写はスヴィドーリガイロフの心象風景です。
「五才の娼婦の夢」それは、ドーニャによって純化しようと願っても永遠にかなわない、彼の心の奥深く燃え続けている情欲の炎が現れたものです。彼は、地獄のような情念の世界の中で、無為の死を遂げたのです。