お手軽文学散歩　第１話「ドストエフスキー「罪と罰」について（１）」

第１話　ドストエフスキー「罪と罰」について（１）

私達は現実（ｒｅａｌｉｔｙ）の世界に生きています。
この現実の上に夢（ｄｒｅａｍ）の世界があります。
イメージとか幻想とか想像とか回想とかｖｉｒｔｕａｌ　ｒｅａｌｉｔｙとかあるいは喜び、悲しみ、苦しみの世界といってもいいですね。

でもそれだけではありません。
現実の下（あるいは奥）には真実（ｔｒｕｅ　ｒｅａｌｉｔｙ）の世界があります。
哲学とか、神とか、宇宙とか、命とかといってもいいでしょう。

その三つの世界をひとつの作品にまとめたものが文学だと思うのです。
科学や歴史、社会の具体的事実もその中にちりばめられているでしょう。
だから文学を読むとは、これらの世界の中をめぐりながら謎解きをするようなものです。
だから面白いのです。

現代文学にはどうもｔｒｕｅ　ｒｅａｌｉｔｙが忘れられているような気がします。
それがなければ文学は生き残れません。
クラシックの中には必ずあります。どうか探して見てください。

最初にドストエフスキー「罪と罰」の中の　ｔｒｕｅ　ｒｅａｌｉｔｙを探ってみましょう。

舞台は１８６５年のロシア。今の日本と同じく凶悪な殺人事件が頻発していました。
主人公のラスコーリニコフはペテルブルグ大学（日本でいえば東大にあたるエリート校）の学生。
小さな戸棚のような（ここを訪ねてきた母親は棺桶のような部屋だといって嘆きます）屋根裏部屋に引き籠って思索にふけります。
人間にはナポレオンのように何万人殺しても英雄と崇められる人間と強者に服従して貧しさにあえぐ人間と二種類があるのではないかと。
ナポレオンは「コルシカの悪魔」と恐れられながらも、フランス革命の理念をヨーロッパ中に広めた進歩性によって当時の若者が尊敬と憧れ心をかきたてられた人物で、イラク人を何万人も殺している今のブッシュとは全く違う「文学的象徴」でもありました。

父親はすでに死去。母親と妹（ドーニャ）が村にいます。
妹はある地主の家庭教師をしていましたが、主人とのあらぬ噂がながれたので辞めて、一家は全くの無一文になりかけます。
その時ある女の紹介で成金の弁護士との結婚話がもちあがります。
母親は妹の結婚に望みを繋ぎますが、ラスコーリニコフは妹が家庭のために犠牲になろうとしていると見抜きます。
近くに暴利をむさぼり忌み嫌われている金貸しの老婆が白痴の妹と住んでいます。
女中同然にこき使いながら妹には遺産さえ分け与えないで、死後の自分が天国にいけるよう、全額を僧院に寄進すると広言してはばからないような女です。
彼はこの不浄の金で窮地を救おうと計画し斧で老婆を殺しますが、思いがけなく帰宅した妹まで殺してしまいます。
物語は犯人を追う警察、彼を犯人と断定し追い詰めていくポリフィーリーという検事と必死に機知をめぐらせ言い逃れようとするラスコーリニコフとの迫真的な息詰まる対話の物語です。
主人公の家族とマルメラードフ一家（特にその娘ソーニャ）、スヴィドーリガイロフ一家（ドーニャが家庭教師をしていた）をめぐる家庭小説でもあります。
第一級の推理小説ともいわれています。
すでに犯人がラスコーリニコフであることは小説の冒頭から明らかなのになぜ推理小説といわれるのでしょうか。
それこそ　ｔｒｕｅ　ｒｅａｌｉｔｙ探しの物語だからです。

次回はその推理を進めていくつもりです。